誰にも会わない話

耳のするどい生きものになってうっとりと宇宙を聴いている感じ。( *_* )v

ドランクドラゴン鈴木拓ブラジリアン柔術(詳細は不明)というものを極めていて格闘技おたくとしても筋金入りであり実際にケンカをしたら十数人の相手をボコボコにしたという武勇伝もありむちゃくちゃに強いのだと知ってぼくは自分の思い込みの「信じて疑わない不正確な阿呆らしさ」を痛感することになった・・ドランクの鈴木といえば才能のある塚地にくっついて飄々と生きている様子がわりに好きなタイプではあったがまさか格闘技に傑出しているなどとは夢にも思わなかったよ・・どちらかといえば虚弱体質でひょろひょろな肉体と世の中に捻くれた孤独な精神があってこそ生まれるのがあの「クズ芸」であるとぼくは思い込んでいた・・ちなみにサカナくんとは同級生なのだということを知って二度驚いた・・なんとなくどことなくキャラが似通っているのが面白いのだけれど・・さて、ここで強調したいのは「勝手な思い込みの恐ろしさ」というものである・・勝手な思い込みは心の深い部分にこっそり隠れて揺るぎない思考の基盤を根拠も無く構築しているが・・事実とは180度真逆の思い込みなどというものは掘り起こしてみたらいくらでもあるのに違いない・・なので少なくとも自分の思考感情に対して「これは思い込みかも知れない」と油断なく気付いていないと真実の世界の真実の姿は見えてこないし・・というか、世界は丸ごと思い込みでできているというのが真実だ・・思い込みというのは物語であり記憶であり幻想である・・睡眠の中で見る夢と現実に見る夢とはどちらも似たようなものなのだけれど肉体の五感によって見る「現実の夢」は宇宙規模の大掛かりなものなのでなかなか醒めることがない・・夢を見ている私を見ている・・私・・を見ている・・私・・「私の夢」は何層にも重なる入れ子構造になっていて・・その夢は「今」という無限の連続で更新されている・・夢の「外側の私」は瞬間ごとに新たに新たに生まれ続けていることになる・・「私」とはナニモノか・・ますますわけがわからないね自分。